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仕事が忙しくて集会の時間がない時、どうすればよいでしょうか

寄稿家:シーユアン(中国)

信仰ステーションの兄弟姉妹

皆さんこんにちは!自分の家族に良い生活をさせてあげたいので、もっとお金を稼ごうと必死に働き、殆どの時間を仕事に費やしています。最近、幸運にも神の御国の福音を受け入れることができ、一生懸命に真理を追い求めたいと思っています。しかし、仕事がとても多忙で、集会に参加する時間も、神の御言葉を読む時間もないので、途方に暮れて惨めな思いをしています。どうすれば良いのでしょうか?

ヂェンシン

仕事が忙しくて集会の時間がない時, どうすればよいでしょうか

ヂェンシンさんへ、

こんにちは!あなたが述べられた困難は私も以前抱えていました。しかし、その後、神に祈り、神の御言葉を読み、兄弟姉妹の助けを受けることによって、神の御旨を理解するようになりました。私たちの運命は神の御手にかかっているから、私たちの思い通りにならないことをはっきりと認識しました。神を頼りにして仰ぎ、神の要求通りに行動する意志さえあれば、私たちの問題と困難は解消されます。次に、私自身の体験をお話しさせて頂きたいと思います。

私は最初に神への信仰を始めた時、神を信じるのは良いことだと思ってはいたものの、人の運命が神に定められているとは信じていませんでした。まだ自らの手で綺麗な家を建てられると思っていました。なので、仕事を最優先して、信仰活動は暇な時だけ行っていました。時に、仕事と集会の時間が重なると、集会に行くよりも、働いてお金を稼ぐ選択をしていました。このような選択をする度に、心の中が不安になり、喜べず、神に申し訳ないと感じました。このような信仰では、神に認められず、救われないのではないかと心配もしました。仕事と教会の集会が重なると仕事を選び、仕事が終わってから直ぐに集会所に急いで向ったことが数回あったのを覚えています。そこに着くと、集会はほとんど終っていました。ある時、集会場に着くと兄弟姉妹が既に閉会の祈りを捧げていたので、ドアの外で待っていなければなりませんでした。皆が部屋から出て来て帰ろうとしていた時、その中のある姉妹が私のためにそこに残って神のこの御言葉を読んでくれました。「兄弟たちよ、目覚めなさい!姉妹たちよ、目覚めなさい!わたしの日は遅れることはない。時は命であり、時を掴むことは命を救うことである。その時はそう遠くない。大学の入学試験を受けて不合格であれば、猛勉強して再挑戦することができる。だがわたしの日にはそのような先延ばしはない。覚えておきなさい。もう一度言う、覚えておきなさい。これらの善き言葉をもって強く説く。あなたの目の前でこの世の終わりが始まり、大きな災害が急速に迫る。あなた方にとって、いのちが大切か、それとも寝ること、食べること、飲むこと、着ることが大切か。あなた方がそれらのものを慎重に推し量る時が来た。…覚えておきなさい。悲嘆を和らげる薬など、地球上をくまなく探しても見つからない。それならば、あなた方にどう伝えればよいのか。わたしの言葉はあなた方が熟考し、繰り返し思い巡らすには値しないのか。あなた方はわたしの言葉に対してあまりに不注意で、自分のいのちに対して無責任過ぎる。それをわたしが我慢しろというのか。我慢などできるだろうか。」この姉妹が読んでくれた神の御言葉を聞いたその時、それは私の心に強く響きました。この御言葉が自分の状況を正確に述べているように感じました。神がこの姉妹を通じて私に注意を促し、説教してくださっているように感じたのです。私はこう思いました。「そうよ、神は人類を救うために終わりの日に受肉されたんだわ。これは正に一生に一度のチャンスよ。今は神が人類を救うために働きをされる重大な時なのよ!このチャンスを逃したら、一生後悔するわ。神の救いを目の前にしていながら頂き損なったら、盲目で無知じゃないかしら?神は辛抱強く、真摯にたくさんの御言葉を語られたけど、それは全て私たちを救うためなのよ。今やこの世は道徳的に退廃しているわ。稀な天文現象は起るし、人は増々堕落して悪に染まっている。世界中で災害が頻繁に起こっているし、その規模もどんどん増えているわ。なのに、神の御前に行って神の裁きと清めを受け入れなかったら、私たちは救いを受けるチャンスをなくしてしまう。神は私がサタンに酷く堕落させられて、罪を乗り越える力がないこと、一日中富と名声を求めて奔走していることをよくご存知よ。私は一番求める価値と意味があるものが何なのかがはっきり分からないし、サタンに捕らわれて暮らしている。今日、神は姉妹を通じて私に注意を促して、説教してくださったわ。これこそが、神から私への真の愛と救いなのよ。このままずっとあくせく働いているわけにはいかないわ。」こうして、私はその日以来、精一杯神を信仰して真理を求め、神への信仰を最優先する決意をしたのです。しかし同時に、骨折って働かないと収入は増えないし、自分の家族の生活を保障できるなくなるのではないかと不安になりました。そのため、私は心の中で躊躇して、葛藤し始めたのです。

ある日、神の御言葉のこの節を読みました。「人の運命は神の手で管理されている。あなたは自分自身を管理することはできない。いつも自分自身のことで忙しくしているのにもかかわらず、人は自分自身を管理することができないままでいる。あなたがもし自分の将来を知ることができ、自分の運命を管理できるなら、あなたは被造物だろうか。」神の御言葉は次のことをとても明確にされています。「人の運命は神の御手によって完全に支配されており、人は自らの手で自分の運命を操ることはできません。私たちは、神の慈しみと恵みがなければ、どれだけ骨を折って奔走しても何も手に入りません。」神の御言葉を熟慮していると、自分がこのような惨めな生活を送っている根本原因を神が明らかにしてくださったことを知りました。「人は自らの手で綺麗な家を建てられる」といったサタンの原則を指針にしていたのです。名誉、利益、お金をもっと手にするために躍起になって働いていましたが、結局は半分死ぬまでサタンに遊ばれていただけなのです。私たちは長年の間、他の人よりも遥かに裕福な生活を求めていました。私の夫は探鉱で働いて、毎日疲れ果てていました。私は、彼に無理にでももっとお金を稼いでもらうために、しっかり働いてとせがみ、彼が休む、浮かぬ顔をして見せました。そのため、彼がちゃんとした休みをほとんど取りませんでした。一方、私も常に忙しくしていました。時間の半分を家族の世話に費やし、残りの半分を使って近所の農場で働きました。しかし、どれだけ多忙に駆け回っても、家庭でいつも様々な事情があったため、数年経っても私たちの貯金が10,000元を超えることはありませんでした。このことから、私たちが自分の運命を操れないことは明白です。そして、私たちが人生においてどれだけの富を手にするかは、私たちが決めるのではなく、神によって予め定められていることを私は心から理解しました。これについて、神はこう仰っておられます。「ある者が追究する職業、ある者の生業、ある者が生涯にわたって蓄える富は、その者の両親や才能、努力、野望によって決まるものではなく、創造主により予め定められている。」

振り返ると、私は数十年もの間、お金を稼ぐのに苦労して、惨めな生活を送っていました。この上なく辛く無力さを感じていた私に、神は救いの御手を差し伸べてくださり、サタンの策略から救い出し、真理を求める道を歩むよう導いてくださりました。これは、神が授けてくださった最も大きな祝福でした。また、ヨブが山いっぱいの羊と家畜や莫大な富を持っていたことも思い出しました。サタンが神の前でヨブに対して告発した時、ヨブはサタンの誘惑と攻撃を受けました。僅か1日で、彼は全財産を失い、子供たち全員が悲惨な死を遂げたのです。しかしそれでも高潔さを保ち、神を否定せず、神に文句を言いませんでした。体中に腫物ができ、悲惨な思いをしても、神を恐れ、悪を避け、神の聖なる御名を讃えることによって神の証を立てて、サタンを辱めることができたのです。その後、神はつむじ風の中から彼に語りかけ、彼が元々持っていた富と寿命を2倍にして祝福されたのです。これから、人の富と寿命は全て神の御手の中にあるもので、私たちが努力して得るものではないことが分かります。ヨブの体験を通して、私は神を信じるとは神に従い、持つもの全てを神の御手に委ねることだと理解できたのです。私たちは何に遭遇しても、神に祈って神の御心を求め、神の要求通りに実践します。これこそが、本当に神を信じることで、私たちはそうしてのみ神に認めていただき、救っていただけるのです。

兄弟姉妹も私たち夫婦に神の御旨について話してくれました。私たちは自らの力だけで頑張るのは止めて、十分な食料と衣服があることに満足するべきだと彼らは言いました。その後、私は自分の仕事を神に託し、教会の集会を最優先し、家族を支えるための仕事を見つけました。それ以降、私は頻繁に兄弟姉妹と集まって、神を讃えて礼拝するために神の御言葉を読み、讃美歌を歌いました。そして私の心は平安と喜びを見つけました。その後、非常に驚いたことに、私たちが借りていた土地が耕作禁止となったため、私たちは10,000元強補償金を受けたのです。それに加え、私たちはその土地に育っていた樹木を売って10,000元強ほど儲けたのです。私がそれまで持ったことのない金額でした。私は自分たちが人生においてどれだけの富を手にするかは自分たちの努力次第ではなく、神によって予め定められていることを、身を持って体験したのです。

ジェンシンさん、私たちは神を信じているのですから、全てにおいて神に頼ることを学ぶべきですん。仕事と神への信仰のバランスを取ることについても神に祈る必要があります。真理を求めることの価値と意義を理解できれば、自分の生活と仕事を神の御手に託す気になれるでしょう。最後に、神の御言葉の讃美歌を一緒に歌いましょう。「人の経験がある点を越えると、その人の人生に対する見方、存在意義、また存在の基盤は全く変えられる。それはあなたが生まれ変わり、全く異なる人になることである。これは驚くべきことだ。それは大きな変容であり、すべてをくつがえすようなものである。名声、利益、地位、富、快楽、世の栄光が重要ではないと感じるようになり、あなたはそれらを苦も無く手放すことができるようになる。これは人間の似姿にある人だ。最終的に完全な者とされた人々は、このようなグループの一員となるだろう。」

敬具、

信仰ステーション

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