クリスチャンが罪から開放される方法は存在します (II)

寄稿家:カオ・シン(米国)

私は張兄弟が又しても世の終わりの神の裁きの働きを言及したのを聞いて、こう尋ねました:「兄弟、世の終わりに神が裁きの働きをしに来臨されると仰りましたが、私はそれがどうもはっきり分かりません。もし主が本当に人間を裁きにやって来られるのなら、それは恐ろしい状況になるのではないですか?そうしたら、神が人間を救いにやって来られると言えるのはどうしてなのでしょう?」私がこう言ったのを聞いた張兄弟は笑顔でこう言いました:「私たちは神が人間を裁きにやって来られるのは恐ろしい状況となり、神が人間を裁かれる時、人間は非難されると思っています。しかし、実際、これらは全て私たちの観念と想像なのです。全能神の御言葉から2つの節を読んでみましょう、そうすれば神がどのように裁きの働きをなさるかが分かるでしょう。」

そして、張兄弟は神の御言葉からこの2節を読んでくれました:「以前に話した通り、裁きは神の家により始まる。この「裁き」とは、終わりの日に神の玉座の前に来る者に対して今日神が下す裁きのことを指す。終わりの日が来た時、神は天空に大きなテーブルを用意し、その上には白いテーブルクロスが広げられ、神は偉大な玉座につき、全ての人は地に跪く。そこで神は、その者が天国に昇るべきか燃える硫黄の湖に送られるべきかを決めるため、各々が犯した全ての罪を明らかにする―そのような超自然的な様子を想像する人がいるかもしれない。」「終わりの日には、キリストはさまざまな真理を用いて人を教え、人の本質を明示し、その言葉や行為を解剖する。こうした言葉には、人の本分、人はいかに神に従うべきか、人はいかに神に忠実であるべきか、いかに正常な人間性を生きるべきか、そして神の知恵と性質など、さまざまな真理が含まれる。これらの言葉は、みな人の本質とその堕落した性質に焦点を当てている。とりわけ、いかに人が神を拒絶するかを明らかにする言葉は、人がサタンの化身であり、神に敵対する力であることを語っている。神が裁きの働きを行う際、神はほんの数語で人の本性を明示するのではなく、長期にわたって暴き、取り扱い、刈り込みをする。そうした暴き、取り扱い、刈り込みは、通常の言葉に置きかえることはできず、人が持つことなどない真理でしか置きかえられない。そうした働きのしかたのみが裁きとみなされる。そうした裁きを通じてのみ、人は説得され、神への服従に完全に納得し、神の真の認識を得ることができる。裁きの働きがもたらすものは、人による神の真の顔の理解と、自らの背きに対する真の理解である。裁きの働きにより、人は神の心、神の働きの目的、それまで人には理解できなかった奥義について大いに理解できるようになる。また、人が自分の堕落した本質と堕落の根源を認識し理解し、人の醜さを発見するようになる。これらの効果は全て、裁きの働きによりもたらされる。というのも、裁きの働きの本質は、実際に神を信じる全ての者に、神の真理、道、いのちを開く働きだからだ。これが、神がなす裁きの働きである。」

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これを読み終えた後、張兄弟はこう言って交流してくれました:「全能神の言葉から、裁きの働きは、神が天国でテーブルを立て、全ての人間が地面に跪いた状態で、神が彼らの運命を彼らの行いの善し悪しを基に定め、邪悪な者を罰し、善良な者には報いを与えてくださるという私たちの想像とは違うことが分かります。もし神が本当にこのような形で人間を裁かれるのであれば、私たちの行いを基に助かる人はいないでしょう。実際、神は様々な真理を使って裁かれ、私たちの内にあるサタンのような本質、あらゆる種類の誤った動機と観念を明らかにして、世の終わりに私たち堕落した人類を裁き、清める働きをなさります。全能神の御言葉を読めば、神は直接私たちを裁き暴露され、神の御言葉は諸刃の剣のように私たちの本性を暴露され、サタンによる堕落の真理、そして私たちが既に真の人間らしさを失っていることを明確に分かるようにしてくださっていると感じるでしょう。従って、私たちは深く恥じ入り、神の前に倒れ込んで悔い改めずにいられなくなるのです。私たちは自らを嫌い、自らを呪い始め、自分の堕落した性質の中で生きるのが嫌になるのです。これと同時に、私たちは、神の義なる性質は害することができない、そして神の神聖さは汚すことができないことも知ります。そして、私たちは神に対しえ敬虔の心を持たずにはいられなくなり、又神に背き逆らって罪を犯そうとはせず、むしろ肉に背いて真理を実践し始めるのです。すると、私たちのサタンのような堕落した性質が変化し始め、私たちは神の御計画と御采配に従って神の愛に報えるよう自分たちの創造物としての本分を尽くす意思を持つようになります。これが神の裁きの働きが引き起こす効果です。私たちの経験において、世の終わりの神の裁きの働きを受けてのみ、私たちのサタンのような性質は完全に清められ、そして私たちは神に認められ、天国に入れることが分かります。神の裁きの働きを受け入れられない者たちはどうなるかと言うと、彼らは清めを受けられず、変化を遂げることもできず、神の裁きの働きが終わる時に神の罰を受けることになります。」

神の御言葉と張兄弟の交流を聞いた後、私は自分が持っていた裁きに関する理解は本当に自分の観念と想像から生まれていたということに気が付きました。実に、神による裁きとは非難を意味するのではなく、むしろ私たちの堕落した性質を清めることなのです。神は御言葉を使って世の終わりの裁きの働きをされ、その結果私たちは神の御言葉を通じて自分の堕落した本性と内にある様々な堕落した性質を知り、それらを心から忌み嫌い、そうすることで真理を実践し、堕落した性質を捨てられるようになるのです。これこそが、神が裁きの働きをなさる方法であることが分かりました。私は神の働きは本当に現実的であると感じました。長年に渡って主を信仰していながらも、私は罪の中を生きていたのだと思いました。私は他人の対応をする時に主の教えを実践できず、頻繁に腹を立てていました。私はこれが原因で心に痛みを感じていたのです。しかし、今、私は罪を取り除く方法を見つけました。

その後に行われた集会の最中、張兄弟は真と偽の羊飼いの見分け方、真の道を探す原則、そして神の受肉の奥義等について私と交流してくれました。彼の交流は本当に多くの知識を与えてくれたと同時に、私は30年以上に渡って教会で信仰してきた以上の内容を理解できたと感じました。しばらく調査した後、私は、全能神が主イエス様の再臨であることを確立しました。なぜなら、神のみが奥義の全てを暴露して、私たちに真理の全てを話すことができるからです。これは主イエス様のこの預言を現実化しています:「わたしには、あなたがたに言うべきことがまだ多くあるが、あなたがたは今はそれに堪えられない。けれども真理の御霊が来る時には、あなたがたをあらゆる真理に導いてくれるであろう。それは自分から語るのではなく、その聞くところを語り、きたるべき事をあなたがたに知らせるであろう。」(ヨハネによる福音書16:12–13). 主イエス様が働きをされた時に沢山の奥義を人間に話されなかったのは、当時人間は霊的背丈が低すぎてそれを修得することができなかったからなのです。これ故に、神は世の終わりに人類を救う真理全てを話しに来られ、私たちは世の終わりの神の裁きの働きを受けた場合に限って神の御国に救い入れていただけるのです。神を讃えます!子羊の足跡を辿れるほど幸運な私は本当に恵まれているのです。

その後、私は時間があれば神の御言葉を読むようになり、読めば読むほど、増々惹かれていきました。神の御言葉はとても素晴らしく、以前知らなかった数多くの真理を理解させてくださっているように感じました。これに加え、全能神教会のウェブサイトの内容もとても素晴らしいものでした。踊りと讃美歌の動画や福音映画、全てが真理の様々な側面を伝えていました。これらを観賞した後、私は神の働きをより深く理解しました。

私が全能神の働きを受け入れてから3か月以上が経ちました。過去に、私は自分の家族と話しをするとイライラしがちで、それが私の家族と私の両方に辛い思いをさせていました。しかし、この問題は解決し難いものでした。今現在、私は神の御言葉を読み、そして集会で兄弟姉妹たちと交流し合うことで、自分が腹を立てていたのは自分の傲慢な本質に支配されていたことが原因であったことを徐々に理解しました。私は常に夫と子供に言うことを聞いて欲しかったので、彼らの言葉と行動が不愉快な時は彼らに対して怒りをぶつけていたのです。これはサタンの堕落した性質だったのです。今、神の御言葉は、神は人間が真の人らしさを貫くことを要求され、人間は神に祈りを捧げずに自分を頼りにしていたのでは、堕落した性質から自由になる方法はないということを示してくださりました。これを念頭に置きながら、私はカッと怒りそうになった時、神に静かに祈りを捧げ、私を守り、そして神の御言葉を実践できるように導いてくださるよう請いました。次第に、私は自分の怒りをある程度は抑えられるようになりました。私の娘が私に逆らった時、私は落ち着いて彼女と話をすることができました。私は実体験を通じて、世の終わりの神の裁きの働きを受けた場合に限って私たちの堕落した性質は変わることができ、私たちは清められ、そして神の御救いを受けることができると知りました。今現在の私は経験と知識が浅すぎ、自分の中には堕落した性質が多く残っています。これ故に、私は全能神の御言葉をもっと読んで神の御言葉の裁きと刑罰を受ける必要があり、これにより自分の堕落した性質を捨てられるようになり、そして真の創造物らしさを貫いて神を讃えられるようになるのです。

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