災害が頻繁に発生している今日、私達はどのように主の再来を迎えるのか

    2020年 02月 11日
    今週の説教
    災難の中神様の心意について
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    現在災害がますます大きくなり、地震、飢饉、戦争や暴動がよく起こり、このほか、2019年から2020年の間、中国武漢での「新型コロナウイルス」が、既に中国から全世界20カ国余りと地域に広まり、しかも今も蔓延し続け、死亡数も増える一方です。2019年9月から2020年1月まで、オーストラリアの森林火災は数千棟余りの建物を焼失し、さらに数十人が死亡し、約数10億匹の動物がこの火災の中で死んでしまいました。オーストラリアは2020年1月18日にまた「千載一遇」の暴雨を迎え、洪水を引き起こし、一部の地域が停電して多くの淡水生物が死んでしまいました。2020年1月、インドネシアの洪水により数万人の帰るべき家がなくなりました。現在世界中の災害が頻繁に発生しており、またこの前の四つの血の月が現れ、まさに主イエスが終わりの日に再来される預言の実現です。「民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。またあちこちに、ききんが起り、また地震があるであろう。しかし、すべてこれらは産みの苦しみの初めである。」(マタイによる福音書24:7−8)「小羊が第六の封印を解いた時、わたしが見ていると、大地震が起って、太陽は毛織の荒布のように黒くなり、月は全面、血のようになり……」(ヨハネの黙示録6:12)これらの預言の実現を見て、多くの主を信じる兄弟姉妹は皆このような疑問があります。主の再来の預言は既に実現されたが、もしかしたら主が既に戻られたかと。しかし、なぜ私たちはまだ主を迎えていないのか。私たちはまたどこで主の足跡を探し求めるのでしょうか。

    大災害, 災害が頻繁に発生している今日、私達はどのように主の再来を迎えるのか

    この話題について、私たちはまず終わりの日に主がどのような方法で来られるかを知るべきです。多くの人は皆主が雲に乗って行かれ、主が再来される時も雲に乗って来られ、なぜなら、聖書にこう書かれているからです。「見よ、彼は、雲に乗ってこられる。」(ヨハネの黙示録1:7)「……力と大いなる栄光とをもって、人の子が天の雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。」(マタイによる福音書24:30)しかし、なぜ今私たちは主が雲に乗って来られるのが見えないのか。原因は私たちが主の再来を迎えることにおいて、一つの重要なことを見落としていたからです。それは、聖書の中に主が密かに降臨されるに関する預言があり、例えば次の通りです。「見よ、わたしは盗人のように来る。」(ヨハネの黙示録16:15)「夜中に、『さあ、花婿だ、迎えに出なさい』と呼ぶ声がした。」(マタイによる福音書25:6)「だから、あなたがたも用意をしていなさい。思いがけない時に人の子が来るからである。」(マタイによる福音書24:44)「いなずまが天の端からひかり出て天の端へとひらめき渡るように、人の子もその日には同じようであるだろう。しかし、彼はまず多くの苦しみを受け、またこの時代の人々に捨てられねばならない。」(ルカによる福音書17:24−25)

    聖書には「盗人のよう」「夜中に叫ぶ声がした」と言及しており、言い換えれば、終わりの日に主が再来される時に、こっそりと密かに降臨されると記されているのです。しかも、「人の子」「人の子が来る」は神様が終わりの日に受肉されて、人の子となって密かに降臨されると示しているのです。人の子と言うのは、必ず人から生まれ、家族がいて、血と肉を持ち、一人の普通で正常な人間の姿で人の間で生活するのです。主イエスのように、もし復活後の神様の霊体が来られるなら、人の子と呼ぶことができません。このほか、聖書はまたこう言及しています。「彼はまず多くの苦しみを受け、またこの時代の人々に捨てられねばならない。」これも終わりの日に主が再来される時に受肉されて人の子となることを指しています。なぜなら、受肉された神様は普通かつ正常で、人々はそのお方が神様ご自身であることを認識できず、神様を普通の人をとして扱い、ひいては罪定め、拒絶するのです。そのため、主が再来される時に、また多くの苦しみを受けるのです。主イエスが受肉されて人の子となって出現して働かれた時、多くの人は皆主イエスがメシアであることが分からず、観念と想像によって主イエスに抵抗し、罪に定め、主を十字架に釘付けにしてしまいました。もし、終わりの日に神様が復活後の主イエスの霊体で働いて来られるなら、誰が敢えて神様を人として扱おうとするのか。また誰が敢えて神様を罪に定め、神様に抵抗し、神様を拒絶しようとするのか。皆地面にひれ伏すでしょう。それなら、神様は苦しみを受けずに済むでしょう。このことから、終わりの日に主が再来される時に、受肉されて密かに降臨される方法で働くために来られることが分かりました。

    これに言及したら、一部の兄弟姉妹はこのように困惑するかもしれません。終わりの日に主が密かに降臨されて人の間で働かれるなら、神様が雲に乗って降臨される預言はどう実現されるのでしょうか。これは矛盾になるのではないかと。私たちは皆神様が真実なお方であり、神様の預言であるなら、必ず実現されると知っています。実は、神様の働きは計画に従って段階的に行われ、神様はまず密かに降臨されて人を救う働きをなさり、その後、公に雲に乗ってすべての人に現れ、善人をねぎらい、悪人を懲らしめるのです。一緒に何箇所かの聖句を見てみましょう。主の再来の預言はどのように実現されるかについて、さらに明確に理解できるようになります。主イエスは言われました。「わたしには、あなたがたに言うべきことがまだ多くあるが、あなたがたは今はそれに堪えられない。けれども真理の御霊が来る時には、あなたがたをあらゆる真理に導いてくれるであろう。それは自分から語るのではなく、その聞くところを語り、きたるべき事をあなたがたに知らせるであろう。」(ヨハネによる福音書16:12−13)「わたしを捨てて、わたしの言葉を受けいれない人には、その人をさばくものがある。わたしの語ったその言葉が、終りの日にその人をさばくであろう。」(ヨハネによる福音書12:48)「父はだれをもさばかない。さばきのことはすべて、子にゆだねられたからである。」(ヨハネによる福音書5:22)ここから分かったのは、終わりの日に神様が受肉されて、人の間に密かに降臨され、また人類に対して言葉を語り、裁きの働きをなさり、神様の玉座の前に戻るすべての人を清め、完全にされるのです。しかも、この段階の働きは主イエスの贖いの働きを基盤にして行われ、人間の現実の必要性に基づいて行われるのです。私たちは主イエスの贖いによって、罪を赦されましたが、高慢、欺瞞、利己的、悪意などのあるサタン的本性はまだ徹底的に解決されておらず、私たちは依然として罪を犯しては告白する状態の中で生き、そのため、主イエスは終わりの日にまた来られて、受肉されて言葉を語り、人を裁き、清める働きをなさると言われました。最終的に、神様の言葉の裁きの働きを受け入れる者は神様に清められ、災いの前に勝利者の群れを作られ、神様の国に入り、神様が与えられた永遠の祝福を享受することができます。しかし、それらの神様が密かに働きを行われる間に、神様の声を尋ね求めず、神様の終わりの日の裁きの働きを受け入れず、観念と想像によって神様を罪に定める人々は、神様の終わりの日の働きによってさらけ出される毒麦です。神様の裁きの働きによって、すべての賢いおとめと愚かなおとめ、良いしもべと邪悪なしもべ、真理を愛する人と真理を嫌悪する人を分けられた後、神様の人を救う働きが完全に終わり、その後、雲に乗って公にすべての国と全ての民族に現れ、善人をねぎらい、悪人を懲らしめるのです。それらの主イエスが再来されて受肉の働きを受け入れない人々は、自分が抵抗し、拒絶したのはまさに主イエスの再来だと気づかず、後悔し、胸をたたき、泣いて歯ぎしりするが、既に手遅れです。これは完全に預言の実現です。「見よ、彼は、雲に乗ってこられる。すべての人の目、ことに、彼を刺しとおした者たちは、彼を仰ぎ見るであろう。また地上の諸族はみな、彼のゆえに胸を打って嘆くであろう。」(ヨハネの黙示録1:7)「そのとき、人の子のしるしが天に現れるであろう。またそのとき、地のすべての民族は嘆き、そして力と大いなる栄光とをもって、人の子が天の雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。」(マタイによる福音書24:30)そのため、私たちは神様が密かに働かれる間に、神様の終わりの日の裁きの働きを受け入れることにより、神様に清められ、神様の国に入る機会を得られます。

    それでは、私たちはどのように主イエスの再来を迎えるべきなのか。一緒に何箇所かの聖句を見てみましょう。「夜中に、『さあ、花婿だ、迎えに出なさい』と呼ぶ声がした。」(マタイによる福音書25:6)「見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしはその中にはいって彼と食を共にし、彼もまたわたしと食を共にするであろう。」(ヨハネの黙示録3:20)聖書に「呼ぶ声がした」「わたしは戸の外に立って、たたいている」に言及し、これは終わりの日に主が戻られて働かれる時に、主が既に戻られたお知らせを証しする人がいて、そして主は主の語られた言葉で私たちの心の扉を叩くことを指しているのです。そのため、主の再来を迎えることにおいて、肝心なのは私たちは神様の声に注意を払うことです。まさに主イエスが言われた通りです。「わたしの羊はわたしの声に聞き従う。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしについて来る。」(ヨハネによる福音書10:27)「耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい。」(ヨハネの黙示録2:7)特に、主が戻られて真理を語って裁きの働きをなさると証しするのを聞いた時に、それは神様の声であるかどうか、神様の出現と働きであるかどうかをさらに尋ね求めて考察することに重点を置くべきです。もし私たちは主が再来される時に語られた言葉から神様の声を聞き分けられるなら、子羊の足跡に付き従い、主の再来を迎えることができるのです。

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