福音讃美歌|私の心の王-King Of My Heart

    「こうして人間が成長する間、サタンの眼差しは、あたかも獲物を睨む虎のように、人間ひとりひとりに注がれている。しかし神は、業を行う時、人間や出来事、物事、場所、時間の制限を受けることが一切無く、神が行うべき業、神が行なわなくてはならない業を行なう。あなたは、成長過程において、あなたが好まない物事や疾病、挫折に遭遇することがある。しかし、あな

    人生の名言|喜び人生

    喜び人生、持つべきである 「いつも喜んでいなさい 絶えず祈りなさい すべての事について 感謝しなさい。これが キリスト・イエスにあって 神があなたがたに求めておられることである」 テサ1 5:16-18 もっと見る:満足を知ってこそ、恩を感謝し、喜ぶことができる!

    神様を崇拝することと偶像を崇拝することの違い

    インターネット上に主イエス様のイラストを掲載したり、これを兄弟姉妹と共有したりすることは偶像崇拝に当たり、神様を崇拝することにならないという旨のステートメントがオンライン上で出回っています。それは本当でしょうか?神様を崇拝することと偶像を崇拝することを私達はどのように区別することができるでしょうか? 主イエス様は次のように仰っています。「し

    賢いクリスチャンは果実によって彼らを見分ける

    「すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。良い木が悪い実をならせることはないし、悪い木が良い実をならせることはできない」(マタ7:17-18)。 今日は、皆さんとあることを分かち合いたいと思います。誰かが主は戻られたと説教するのを聞くとき、彼らが伝道する福音が主の再来の福音であるかをどのように見定めるべきでしょうか?そして、どのようにしたら、

    聖句カード|民数記 6:26

    願わくは主がみ顔をあなたに向け、あなたに平安を賜わるように。 民数記 6:26

    ペテロは主に従った後、何を得たのでしょうか?

    主の信仰者の中に、ペテロを知らない人はいません。聖書の記録によると、ペテロは主イエス様と出会う前は漁師だったそうです。ある朝、主イエス様はゲネサレト湖にやって来られ、人々は主イエス様の説教を聞こうと主に押し迫りました。その時、ペテロとその仲間たちはガリラヤ湖で夜通し漁を行ったばかりで、舟の隣で網を洗っていました。主イエス様はペテロの舟に乗り込

    聖句カード|コリント人への第一の手紙 13:7

    そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。 コリント人への第一の手紙 13:7

    聖句カード|コリント人への第一の手紙 8:2-3

    もし人が、自分は何か知っていると思うなら、その人は、知らなければならないほどの事すら、まだ知っていない。しかし、人が神を愛するなら、その人は神に知られているのである。 コリント人への第一の手紙 8:2-3

    聖句カード|イザヤ書 40:29

    弱った者には力を与え、勢いのない者には強さを増し加えられる。 イザヤ書 40:29

    聖句カード|コリント人への第一の手紙 13:13

    このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。 コリント人への第一の手紙 13:13

    主の言った「真夜中」とはどういう意味か

    主を信じたばかりの時、わたしはマタイによる福音書第25章6節に「真夜中に『花婿だ。迎えに出なさい』と叫ぶ声がした」と書いてあるのを見ました。そのため、わたしは、主は人が眠っている真夜中に来られる、と思っていました。再来した主に引き上げられる機会を逸しないように、わたしは毎夜、時間どおりに起きて祈りました。何回も起きて祈る夜はたくさんあります。しか

    主の導きがあるので、軽々しく「わたしはだめだ」と言うべきではない

    生活の中で、きっと大小さまざまな困難にぶつかります。困難にぶつかる時、わたしたちはいつも困難から逃れ、神の設けた盛りだくさんな宴席を避けます。しかし、もしわたしたちが正しい態度をもって困難に直面し、神に依り頼むなら、きっと思いがけない収穫を得られます。…… 困難に直面する時、わたしはいつも困難から逃れて、「わたしはだめだ」と言う ある日の

    【ヨハネによる福音書】イエス、七人の弟子に現れる

    そののち、イエスはテベリヤの海べで、ご自身をまた弟子たちにあらわされた。そのあらわされた次第は、こうである。 シモン・ペテロが、デドモと呼ばれているトマス、ガリラヤのカナのナタナエル、ゼベダイの子らや、ほかのふたりの弟子たちと一緒にいた時のことである。 シモン・ペテロは彼らに「わたしは漁に行くのだ」と言うと、彼らは「わたしたちも一緒に行こう」

    「ヨハネ福音書」人の子を上げられるとき、すべての人を引き寄せ

    祭で礼拝するために上ってきた人々のうちに、数人のギリシヤ人がいた。 彼らはガリラヤのベツサイダ出であるピリポのところにきて、「君よ、イエスにお目にかかりたいのですが」と言って頼んだ。 ピリポはアンデレのところに行ってそのことを話し、アンデレとピリポは、イエスのもとに行って伝えた。 すると、イエスは答えて言われた、「人の子が栄光を受ける時がきた

    永遠の道

    弟子たちのうちの多くの者は、これを聞いて言った、「これは、ひどい言葉だ。だれがそんなことを聞いておられようか」。 しかしイエスは、弟子たちがそのことでつぶやいているのを見破って、彼らに言われた、「このことがあなたがたのつまずきになるのか。 それでは、もし人の子が前にいた所に上るのを見たら、どうなるのか。 人を生かすものは霊であって、肉はなんの役に

    イエスはいのちの食糧である

    海面を歩くイエス 夕方になったとき、弟子たちは海べに下り、 舟に乗って海を渡り、向こう岸のカペナウムに行きかけた。すでに暗くなっていたのに、イエスはまだ彼らのところにおいでにならなかった。 その上、強い風が吹いてきて、海は荒れ出した。 四、五十丁こぎ出したとき、イエスが海の上を歩いて舟に近づいてこられるのを見て、彼らは恐れた。 すると、イエスは彼ら

    受肉

    初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。 すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。 この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。 光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。 ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。

    「二人の息子」のたとえ

    「二人の息子」のたとえ あなたがたはどう思うか。ある人にふたりの子があったが、兄のところに行って言った、『子よ、きょう、ぶどう園へ行って働いてくれ』。 すると彼は『おとうさん、参ります』と答えたが、行かなかった。 また弟のところにきて同じように言った。彼は『いやです』と答えたが、あとから心を変えて、出かけた。 このふたりのうち、どちらが父の望みど

    「マタイ福音書」聖殿を清める

    それから、イエスは宮にはいられた。そして、宮の庭で売り買いしていた人々をみな追い出し、また両替人の台や、はとを売る者の腰掛をくつがえされた。 そして彼らに言われた、「『わたしの家は、祈の家ととなえらるべきである』と書いてある。それだのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしている」。 そのとき宮の庭で、盲人や足なえがみもとにきたので、彼らをおいやし

    「マタイ福音書」ロバに乗ってエレサレムに行く

    さて、彼らがエルサレムに近づき、オリブ山沿いのベテパゲに着いたとき、イエスはふたりの弟子をつかわして言われた、 「向こうの村へ行きなさい。するとすぐ、ろばがつながれていて、子ろばがそばにいるのを見るであろう。それを解いてわたしのところに引いてきなさい。 もしだれかが、あなたがたに何か言ったなら、主がお入り用なのです、と言いなさい。そう言えば、

    「マタイ福音書」天国で誰が王だろう

    そのとき、弟子たちがイエスのもとにきて言った、「いったい、天国ではだれがいちばん偉いのですか」。 すると、イエスは幼な子を呼び寄せ、彼らのまん中に立たせて言われた、 「よく聞きなさい。心をいれかえて幼な子のようにならなければ、天国にはいることはできないであろう。 この幼な子のように自分を低くする者が、天国でいちばん偉いのである。 また、だれでも

    「新約聖書」マタイ福音書 - イエスのたとえ話

    種をまく例え その日、イエスは家を出て、海べにすわっておられた。 ところが、大ぜいの群衆がみもとに集まったので、イエスは舟に乗ってすわられ、群衆はみな岸に立っていた。 イエスは譬で多くの事を語り、こう言われた、「見よ、種まきが種をまきに出て行った。 まいているうちに、道ばたに落ちた種があった。すると、鳥がきて食べてしまった。 ほかの種は土の薄い石地

    イエスは別れた時に弟子の為にお祈り

    これらのことを語り終えると、イエスは天を見あげて言われた、「父よ、時がきました。あなたの子があなたの栄光をあらわすように、子の栄光をあらわして下さい。 あなたは、子に賜わったすべての者に、永遠の命を授けさせるため、万民を支配する権威を子にお与えになったのですから。 永遠の命とは、唯一の、まことの神でいますあなたと、また、あなたがつかわされたイエ

    「ヨハネ福音書」イエスは弁護者を遣わすことを父にお願う

    「もしあなたがたがわたしを愛するならば、わたしのいましめを守るべきである。 わたしは父にお願いしよう。そうすれば、父は別に助け主を送って、いつまでもあなたがたと共におらせて下さるであろう。 それは真理の御霊である。この世はそれを見ようともせず、知ろうともしないので、それを受けることができない。あなたがたはそれを知っている。なぜなら、それはあな

    12人の使徒を差し遣わす

    そこで、イエスは十二弟子を呼び寄せて、汚れた霊を追い出し、あらゆる病気、あらゆるわずらいをいやす権威をお授けになった。 十二使徒の名は、次のとおりである。まずペテロと呼ばれたシモンとその兄弟アンデレ、それからゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネ、 ピリポとバルトロマイ、トマスと取税人マタイ、アルパヨの子ヤコブとタダイ、 熱心党のシモンとイスカリオテ

    新旧の比喩

    そのとき、ヨハネの弟子たちがイエスのところにきて言った、「わたしたちとパリサイ人たちとが断食をしているのに、あなたの弟子たちは、なぜ断食をしないのですか」。 するとイエスは言われた、「婚礼の客は、花婿が一緒にいる間は、悲しんでおられようか。しかし、花婿が奪い去られる日が来る。その時には断食をするであろう。 だれも、真新しい布ぎれで、古い着物に

    イエスはしるしや奇跡をする:病気を癒して悪霊を追い出す

    ハンセンの病人を癒す イエスが山をお降りになると、おびただしい群衆がついてきた。 すると、そのとき、ひとりのらい病人がイエスのところにきて、ひれ伏して言った、「主よ、みこころでしたら、きよめていただけるのですが」。 イエスは手を伸ばして、彼にさわり、「そうしてあげよう、きよくなれ」と言われた。すると、らい病は直ちにきよめられた。 イエスは彼に言わ

    「マタイ福音書」イエスはガリラヤで伝道する

    イエスはガリラヤで伝道する さて、イエスはヨハネが捕えられたと聞いて、ガリラヤへ退かれた。 そしてナザレを去り、ゼブルンとナフタリとの地方にある海べの町カペナウムに行って住まわれた。 これは預言者イザヤによって言われた言が、成就するためである。 「ゼブルンの地、ナフタリの地、海に沿う地方、ヨルダンの向こうの地、異邦人のガリラヤ、 暗黒の中に住んでい

    洗礼されたイエス

    洗礼されたイエス そのときイエスは、ガリラヤを出てヨルダン川に現れ、ヨハネのところにきて、バプテスマを受けようとされた。 ところがヨハネは、それを思いとどまらせようとして言った、「わたしこそあなたからバプテスマを受けるはずですのに、あなたがわたしのところにおいでになるのですか」。 しかし、イエスは答えて言われた、「今は受けさせてもらいたい。この