神様は私に幸せな結婚を与えてくださった

阿凱:

こんにちは。私は告白をするためにこの手紙を書いています。結婚して何年も経ちますが、こんなことを言ったのは結婚後初めてで、とても恥ずかしく感じられます。どこから始めればいいのかわからないので、まずは私の子ども時代から始めましょう。

私は若いころ、結婚は女性の第二の誕生であり、富と物質への崇拝がはびこっているこの社会で衣食の不安から逃れてよい人生を送りたければ、金持ちで有能な男と結婚するしかないと、周りの大人が言っているのをしばしば耳にしました。その瞬間から、お金を稼げる優秀な男性を見つけることが、夫を選ぶ私の基準となったのです。

神様は私に幸せな結婚を与えてくださった

成長後、私は自分の望みを叶えるために、将来の伴侶になりそうな人たちを慎重に選別しました。しかしおばが将来の夫を私に紹介しました。美辞麗句を口にせず、飾り気がなく誠実で、貧しい一家に生まれ育った男性、つまりあなたです。あなたは突然私の人生に登場し、私たちはそれと同じくらい突然別れました。私は「金銭が第一」という考えに捕らわれ、金持ちで有能な男だけが目当てだったのです。あなたのあと、私は恋をするのに理想的だと思われる男性と出会いましたが、彼は私のことを軽んじて、最後は別々の道を進みました。それは私にとってとても苦しいことでした。

その日、あなたとご両親が会いに来て、考えを変えるよう説得しました。私は渋々同意しました。でも、私がそれを後悔していたことを、あなたは知っていましたか。私はあなたのことを、何も持っておらず、私が望む幸せを与えられない人と見ていました。あなたの気持ちを気にしていなかったのです。あなたとは三度別れ、再び一緒になりましたが、それはどれも自分の幸せを追い求めてのことでした。あなたは私のわがままを我慢して待ってくれました。そのことは私を感動させましたが、私はそれでも満足していませんでした。薬でしかコントロールできず、根本的な原因を取り除けない、奇妙かつ苦しい病気にかかったのもそのときでした。私は悲嘆と落胆に襲われ、自分の人生はなぜこんなに困難なのかと思いました。しかし、あなたがその重荷を背負って私にプロポーズしたのもそのときでした。鉄を熱いうちに打とうとしているのか、それとも別の理由があるのか、私にはわかりませんでしたが、どうすることもできない状況の中で、嫌々ながらあなたと結婚することに同意しました。

結婚後、あなたの家族がどれほど貧しいかがわかりました。三ポンドの大豆が欲しくて、それを買うためにお金を借りなければならなかったことを、今でも覚えています。誰かがお金を求めて来たとき、私はとても恥ずかしく思いました。どうしてこんな夫を見つけてしまったのだろう。これ以上は想像できないほど大きな侮辱を受けたという思いのせいで、私はあなたに叫び、大声で叱りました。「こんな貧乏生活、もう耐えられないわ!あなたと結婚したとき、私は一体何を考えていたのかしら」でもそのたび、あなたは何も言わずじっと座っているだけでした。

翌年、息子が生まれてあなたはとても幸せでした。それからの日々は私の世話をするのに忙しく、私が回復する助けにしようと、油を買うために再びお金を借りました。その年、あなたの弟の奥さんも子どもを産みましたが、ご主人はお金を稼げたので、奥さんが回復後に食べたいものは何でも買うことができました。それを考えることは、私にとってこの上ない苦痛でした。自分たちの生活はこんなに貧しく惨めなのに、彼女の家庭にはお金があってみんな幸せだ、と私は感じ、自分の家庭と彼らの家庭がこんなに違うのはなぜなのかと思いました。私たちの赤ちゃんも同じ貧しさを耐えなければならないだろうと気づき、私はさらに惨めな気持ちになりました。自分の惨めさはいつ終わるのか、全くわかりませんでした。それを考えれば考えるほど、私の苦痛はより深くなり、ますます泣きたくなるのです。私は疲れ果てるまで泣いてから、空腹のためにベッドの中でいつまでも泣き声を上げる息子を見つめ、抱き上げながら心に感じた痛みのせいで、再び涙を流すのでした。

その後、あなたが商売の勉強を始めたことに私は喜び、もっとお金を稼いで家族の苦境を変えてくれればと望みました。しかし数年経ってもあなたの商売はまったくお金を稼ぐことができず、ときにはお金を失うことさえありました。私の心の中で、あなたは他人と付き合う能力や商売の才能に欠けた人物であり、そのせいであなたをさらに軽蔑するようになりました。私に優しいことは知っていましたし、とても思いやりがあるのもわかっていましたが、それでも家族が暮らす貧困に我慢できなかったのです。だからあなたと一緒のときは決して幸せではありませんでしたし、物事が自分の望み通りに進まなかったとき、私は内側で感じていた押しつぶされような苦痛を軽くするために、あなたと喧嘩し、役立たずと罵りました。あなたを怒らせるために離婚すると脅しさえしました。それであなたが傷ついたのはわかりましたし、私もあなたをこんな風に扱いたくはなかったのですが、自分を止められなかったのです。翌日、あなたは村の外で仕事を探すために家を出ました。

あなたが家にいない日々、私はいつも落ち込んでいました。私の両親や親戚やお友達が来て、あなたが私に親切であり、離婚すべきでないことをわからせようと説得しました。私はあなたの愛情と献身、そしていつも思いやりがあって私を気遣おうとしていたことを思い出し、私たちの愛する息子を見ました。家を出るという考えは耐えられず、ようやく、あなたと離婚するという考えを諦めたのです。

結婚生活の不幸のせいで、私は何度も夜に泣き出し、涙で枕を濡らしました。でも、いつもあなたを軽蔑し、苦痛の中で生きているのは家族の貧しさのせいだと考えていたことに、あなたは気づいているでしょうか。ある日、義母が神様の御国の福音について語ってくれるまではそうでした。神様の御言葉は私の人生から闇を吹き払い、私を苦痛から解放し、あなたへの憎悪を消し去りました。

神様はこうおっしゃっています。「あなた方の気質、素質、外見、霊的背丈、あなたが生まれた家族、あなたの仕事と結婚、あなたの全て、あなたの髪や肌の色、またあなたが生まれた時間さえも、すべてはわたしの手によって定められたのである。あなたが為すことや、あなたが日々出会う人たちさえ、わたしの手によって定められており、今日あなたが私の前に来たのも、実際、わたしの采配であるという事実は、言うまでもない。あなたは混乱に陥ってはならない。落ち着いて前進すべきである。」神様の御言葉は私に衝撃を与えました。天でも地でも、すべての物事には支配者がいらっしゃいます。支配者は天と地ですべてをお造りになっただけでなく、一人残らずその運命を支配なさっています。そのとき初めて、自分がいつ生まれ、誰と結婚し、家庭を築くのかは、神様によってはるか以前にあらかじめ定められていたのだと気づきました。私が何度もあなたから離れることを選びながら、それでも結局一緒になったのは、何ら不思議なことではなかったのです。結婚後、私がどれだけあなたの家族に不満だろうと、どれだけあなたを軽蔑しようと、また離婚すると脅したにもかかわらず、私は息子を失いたくなかったので、最後はその考えを捨て去りました。神様がすべてを支配なさっていることを知らなかったせいで、自分は人生においてあまりに多くを要求し、あまりにたびたび文句を言っては不満を抱え、そのような苦痛の中で生きていたのだと、私は気づきました。いったんそれを理解すると、私は神様に祈り、神様の計画と采配に喜んで従うようになり、自分を苦痛の根源へと導いてくださるよう神様にお願いしました。

その後、私は神様の御言葉の中から次の文章を読みました。「社会動向が席巻すると、その創出者となるのはごく僅かな人たちです。その人たちは、ある種の行動を始めたり、ある種の考え方や物の見方を受け入れたりして始めます。しかし大部分の人々は、無意識のうちに、そうした社会動向に継続的に汚染され、捕らわれ、魅惑され、やがてそれを知らず知らずのうちに、無意識のうちに受け入れるようになり、それに呑み込まれて支配されるようになります。こうした社会動向で、心身の健全さが欠如し、真理とは何かを知らず、肯定的なものと否定的なものの区別が出来ない人間は、そうしたサタンに由来する社会動向や人生観、価値観を次々と進んで受け入れてしまいます。この種の人々は、どのような人生を送るべきかに関してサタンが教えることや、サタンにより『授けられた』生活の道を受け入れます。彼らには強さ、能力、またことさらに拒否する意識が欠乏しているのです。」

神様の御言葉は突然の目覚めでした。サタンは人々を騙して誤った方向へ導くために、ずっと「金銭が第一」とか「パンのない結婚は長続きしない」とか「貧しい夫妻を待つのは災難のみ」とかいう悪しき考えや観念を用い、それらを使って人生や価値に対する私の見方をねじ曲げました。そもそも結婚とは、意思があって同じ考えを持つ二人が一緒に家庭を築くことのはずですが、悪しきサタン的な流行が結婚に数多くの追加条件を付け加え、夫婦の関係を取引の一つに変えてしまったのです。パートナーの一方が、もう一方による物欲と虚栄心の要求を満たせるなら、結婚は曲がりなりにも保たれるでしょうが、さもなければ互いを嫌い、文句を言い、傷つけ合うか、もしくは崩壊して別れることになるでしょう。私も同じだったのではないでしょうか。私は悪しきサタン的な流行に影響され、有能で稼ぎがいい男と結婚して物質的な不安から自由になり、最高の物質的な贅沢を享受することでしか、本当に幸せにはなれないと考えていました。結婚後、私たちの貧困と、豊かな暮らしを送りたいという私の願望のために、あなたが私を満足させられなかったとき、私は惨めな気分になってあなたに文句を言ったり、有能でないとあなたを軽蔑したり、些細なことでしばしばあなたと喧嘩したり、そのうえ離婚すると脅しさえしました。私はあなたのことも惨めな気分にさせていました。ですが、それはどれも、サタンが私をもてあそび、害を及ぼしていたのです。今それを考えてみると、裕福な夫を本当に見つけていたとしても、幸せになるとは限りません。お隣さんは大金持ちの裕福な重役ですが、外に愛人を見つけ、家には数ヶ月に一度しか戻りません。奥さんは高級な服を着て物質的な不安は何一つないものの、夫の冷酷さと裏切りのせいでいつも惨めな思いをしています。また車と家と貯金がありながら、何十回も浮気を重ねて妻を苦しめ、最後は離婚に至った金持ちの男性がこの街にはいます。そうした例は数え切れないほどあるのです。そして自分自身の結婚生活が頭に浮かびました。あなたは財産を作れず、物質的に最高の暮らしを私にもたらすことはできないけれど、私を優しく扱い、私のもとを決して離れず、あらゆる点で私を気遣ってくれます。私の病気が一番深刻だったとき、あなたは私の見ていないところで何度も泣いて、私の母にこう言いました。「彼女が息をしている限り、治す試みを諦めるつもりはありません。治療のために金を借りる必要があるとしても、いのちの最後のかけらが彼女から消えるまで、私はそうするつもりです」私はずっと幸せのうちに暮らしていながら、一度もそれに気づきませんでした。ようやく、あなたが私のそばにいるという神様の采配が、私に対する神様の愛だということに気づきましたが、サタンは私の見方をねじ曲げ、物質的な生活を追い求めて、神様の采配から逃れようともがくように仕組んだのです。それが私の苦痛の根源でした。

その後、私は神様の御言葉の中で次の文章を見ました。「人々が追求する人生の様々な目標や生活様式を繰り返し調査し、注意深く分析すると、創造主が人類を創った時の創造主の本来の意図と一致するものがひとつも無いことが分かります。それらは全て人間を創造主による統治と慈しみから引き離し、人間を堕落させて地獄へと導く罠です。このことを確認した後の作業は、以前の人生観を捨て、様々な罠から離れ、自分の人生を神に託して神による采配に委ね、神の指揮と導きのみに従うよう心がけ、それ以外の選択肢をもたない神を崇拝する者となることです。」神様の御言葉は私に方向を指し示しました。そして私は喜んで神様の御言葉を実践し、神様の計画と采配に従い、自分の誤った古い目標と見方を捨て、贅沢な物質的暮らしを追い求めるのをやめようと思いました。あなたと平和に人生を送れればそれでいいと考えて、あなたがお金を稼げるかどうかに関係なく、もうあなたと喧嘩しないと決意しました。

その年の春節の前に戻ってきたとき、あなたが自分を支えるだけのお金しか稼げなかったと知って、私は心の中に再び衝動を感じました。あなたの眉間にしわが寄っているのを見て、またあなたを罵ってしまうと思い、心を静めてくださるよう神様にお願いしました。過去のつらい体験をすべて思い出し、私たちがどれだけお金を稼ぐかは神様によってあらかじめ定められていると理解するとともに、着る服と口にする食事があればそれで満足すべきこともわかりました。私は心が解放されるのを感じ、以前のようにあなたと喧嘩することはありませんでした。あなたの眉間に浮かんでいたしわが消え、顔に笑みが浮かぶのを見ました。私はもう離婚など口にせず、あなたを軽蔑もしませんでした。

その日あなたは、神様を信じるようになってから優しく寛容になったとか、幸せな家庭を持つのはいいことだとか言って、息子の前で私を褒めてくれました。それに、私の神様への信仰を支えるとも言ってくれました。それがわかったとき、私がどれだけ感動したか知っていますか。神様の御言葉は私を変え、神様は私たちに平和な家庭を与えてくださったと、あなたにお伝えしたいです。

あなたの妻、阿悦

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