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結婚の物語ー彼女はいかに自分の伴侶を選んだか

寄稿家:佘琪(中国)

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誰の人生でも結婚は一大事ですが、幸せを確かなものにするには、どうやってパートナーを選べばいいでしょうか。あなたの伴侶を選ぶ基準は何ですか。最近ではますます多くの女性が長身で裕福でハンサムな人との結婚を望み、ますます多くの男性が美しい女性との結婚を望んでいます。お金があって贅沢な物質的生活を楽しめる限り自分は幸せになれると、人は考えます。しかし結婚に関するそうした見方は正しいでしょうか。本物の幸福とはいったい何でしょうか。私たちの賞賛に値する一組のカップル、喬茵(チャオイン)と祁正(チーチェン)が、幸福とはいったい何かをここで解き明かします。

喬茵は大学一年生のときに祁正と出会いました。祁正は貧しい家庭の出身でしたが、知り合ってから最初の一年間で、彼が本当に優しい男性だと喬茵は知りました。そして二人は恋に落ちました。喬茵は祁正に自分がクリスチャンであることを伝え、終わりの日の神様の福音を彼と分かち合いました。すると祁正は喜んで神様の働きを受け入れました。二人はたびたび集会に参加して一緒に神様の御言葉を読み、あらゆることを語り合いました。喬茵が祁正と一緒に過ごす日々は幸せに満ちていて、彼と出会ったことについて何度も心から神様に感謝を捧げました。

そうした感情は間違っていたのか

いったん二人の関係について話が広まると、喬茵の家族は交際に強く反対し、二人を引き離そうとできる限りのことをしました。それに彼女のルームメイトでさえも見通しは暗いと考えていました。しかし喬茵は他人の反対にかまわず、祁正と一緒にいる決意をしていました。彼女が本当に彼と共に人生を送るつもりだと知った周囲の人々は、「親切な」忠告を彼女に与えました。

 「いいかい、君の家庭環境は悪くないし、君は美人だ。どうして貧乏人なんかとデートするんだ。今後の人生がどのようなものになるか、考えたことはあるのか。今の我々の社会状況では、強力なコネがない限り卒業してもいい仕事には就けない。お金もコネもない人間が、どうして役に立つ人脈を持っているというんだ。あいつと一緒にいれば、君は間違いなく楽な人生を送れない。私には背が高くて裕福でハンサムな友人がいるから、君に紹介しよう。祁正と別れる気があるのなら、君たち二人には絶対チャンスがある」

「よきパートナーを見つけることは、女性にとって一生の望みじゃないかしら。いま家や車の値段がどれくらいするか、考えてごらんなさい。着るものしか持っていない人と一緒になれば、家や車を手に入れるのに何年も苦労しなきゃならないわ。それに子どもがいればもっと苦しくなるわよ」

「君は現実的になる必要がある。祁正は確かに君に好意を抱いているが、君たちの感情でいま飯が食えるのか。彼は君に快適な暮らしをさせられるのか。『食料庫が空っぽなら愛はあなたを幸せにできない』という言葉は君も知っているだろう。まだ若いうちに裕福な家庭の誰かを見つけるんだ」

喬茵はそうした話を何度も聞いて、表向きはそのすべてを拒否して祁正と別れることを拒んだものの、心の中に疑いの種が植え付けられていました。さらに、ルームメイトの瑶瑶と小雯が入学後に何人かのボーイフレンドと付き合っていて、二人とも付き合う相手がますますお金持ちでカリスマ的な男性になっていることに気づきました。デートの場所は素敵なレストランで、たとえ特別な日でなくても、ボーイフレンドは青薔薇の大きなブーケや携帯電話やブランドものの財布といった贅沢品をプレゼントし、ときには車で送り迎えすることさえありました。それは本当にロマンチックで印象的で、嫉妬と羨望の入り混じった奇妙な感情を喬茵に強く残しました。それに気づく前から、喬茵は祁正に不満を感じ始めていました。とても親切でまったく献身的ではあるものの、日常生活があまりに堅実で質素だったのです。二人は無料の公園に出かけたり、路上の屋台で軽食を買ったりするなど、お金のかからないデートしかしたことがありませんでした。豪華な贈り物や高級レストランもありません。喬茵はそういったことに無縁でした。彼を友だちとの食事に連れて行ったときも、決まって友だちのボーイフレンドより一段劣っていました。そうしたことを考えていると、喬茵の不満はますます募っていきました。

その間、喬茵の友だちはいつも、結婚したら家や車を買ってあげるとボーイフレンドが約束したことを話していましたが、中でも本当に気になったのが、彼女のいとこがすでに二軒の家を持っているボーイフレンドと付き合っていることでした。自分の家族がいとこのボーイフレンドと祁正を比べるたび、彼女の心は大いにかき乱されました。その後喬茵は、祁正の両親にどのくらい貯金があるかや、結婚したとして家や車が買えるかどうかを探り出そうとしました。彼女がこの話題を持ち出すたび、祁正はまったく困った立場に置かれました。そこで、両親にはまったくお金がないと小声で説明したあと、今度は大声で、将来は自分が一生懸命働いて金を稼ぐと言うのです。それを聞くたびに喬茵は説明できない怒りを感じ、彼を無視することさえたびたびありました。少なくとも数時間は腹を立て、ときにはそれが一日二日と続くこともありました。周りの人に言われたことがいつも心にあって、裕福な家庭のボーイフレンドを見つければずっと快適な暮らしを送れるのに、貧乏人と結婚して何もないところから始めるなんて損じゃないかと考えるようになりました。

いつしか、それまで幸せだった二人の交際はとても気まずいものになり、たびたび口論になることもありました。喬茵がつまらないことで腹を立てるたび、祁正は驚くほど我慢してなんとかなだめようとするのですが、嘆いたりうめいたりして憂鬱な顔になることもありました。喬茵にはわかっていました。祁正は自分に優しいし、その彼が心を乱して何も言わずにいると、本当に申し訳なくて思わず自分にこう尋ねてしまう。こんな素敵なボーイフレンドなのに、それでも満足できないなんてどういうこと。喬茵は祁正をこれ以上傷つけたくありませんでしたが、かと言って平凡な暮らしを送る気もありませんでした。

神様の御言葉が人間の苦しみの根源を明らかにする

苦しみにとらわれた喬茵は神様の御前に出て、心中の悩みを神様に打ち明けました。そして彼女は神様からのこのような御言葉を読みました。「『地獄の沙汰も金次第』。これは社会動向ですか。これは、皆さんが挙げたファッションや美食の社会動向と比較すると、もっと悪いものではありませんか。『地獄の沙汰も金次第』はサタンの哲学であり、人類全体に、あらゆる人間社会に蔓延しています。この格言は人間一人ひとりの心に染み込んでいるので、社会動向であると言うことができます。当初、人はこの格言を受け入れていなかったのですが、やがて現実の人生に触れたとき、それを暗黙のうちに受け入れるようになり、これらの言葉は実は本当だと感じるようになりました。これは、サタンが人間を堕落させる手順ではありませんか。……この格言と社会動向は人に何をもたらしますか。多くの人がお金を求めて何らかの犠牲を払っているというのが真実ではありませんか。より多くのお金を求めて自分の尊厳や高潔さを犠牲にしていませんか。」「このような社会動向のせいで、心身が健全でなく、真理とは何かを知らず、肯定的なものと否定的なものの区別ができない人たちは、そうした動向を次々と喜んで受け入れ、さらにはサタンに由来する人生観や価値観も受け入れてしまいます。このような人は、人生にどう取り組むかに関するサタンの言葉を受け入れ、サタンから『授けられた」生きる道を受け入れます。その人には抵抗する強さも能力もなく、ましてやその認識もありません。』

神様の御言葉は喬茵にとって突然の目覚めでした。サタンは金銭を使って人を束縛し堕落させ、「地獄の沙汰も金次第」とか「先立つものは金」といった考えや観念を人に植え付けるのだと気づいたのです。これは人生の見方と結婚への価値観を完全に歪めるものです。かつて人々は夫婦の調和を追い求め、一緒に歳をとることを願っていましたが、サタンによる人間の堕落がますますひどくなり、「自転車の上で笑うよりもBMWの中で泣いたほうがいい」とか「食料庫が空っぽなら愛はあなたを幸せにできない」といったサタンの考えを受け入れるにつれ、ますます多くの人が富を崇拝して物質的な喜びに貪欲になってきました。そうした人はパートナー探しの中で相手に金銭やコネがあるかどうかを重視し、相手が金持ちでなければ幸せな結婚はできないと考えます。そうした思考に支配された人たちはますます薄っぺらで貪欲になり、女性が金持ちなら誰とでも一緒になる一方、男性は美人なら誰とでも一緒になります。そして二人の関係が破綻すると他の誰かを探し、離婚したら再婚するだけなのです。人々のあいだにもはや本物の愛はなく、つかの間の激情や新鮮感があるだけで、そのうえ互いに利用したりだまし合ったりします。少なくない人が心破れ、自殺したり他人を殺したりすることさえまったく珍しくはありません。それはすべてサタンに堕落させられた結果ではないでしょうか。そんな形でどうやって幸せを見つけられるでしょうか。喬茵は瑶瑶というルームメイトのことを考えました。彼女は快適な暮らしを追い求める中で、デートの相手となる金持ちの男子を見つけたいといつも思っていましたが、何人かの金持ちの男子と出会い、無限の銀行口座を持つ生活がどのようなものかを経験したものの、幸せとはほど遠い状態でした。夜、意識がなくなるまで酒を飲み、あの人たちは自分をもてあそんでいるだけで誰も私を本当に愛していないと、泣きわめきながら寄宿舎に帰ってきたことも数え切れないほどありました。そしてもう一人、小雯という女子がいました。彼女は本当にきれいで、またお金持ちを見つけたいと考えていました。この何年か、彼女は多くの男子とデートしましたが、自分の望む生活を与えられないという理由でいつも別れていました。安定した関係を築くことなく、いつだって周囲の人に自分の問題を話していました。友だちの人生がどれほど苦痛に満ちているかに気づいた喬茵は、サタンの哲学を人生の土台にしたところで、幸福をもたらすことは決してなく、自分はますます堕落して悪の深淵により近づくだけだということがわかりました。

 喬茵は少し前の祁正との交際を振り返りました。二人はお互いを気遣い、信頼し合っていました。他人より優位に立とうと頑張ることもありませんでした。こうした純粋な交際は彼女に本当の気楽さと幸福を感じさせました。しかし彼女は真理を理解しておらず、サタンが人を洗脳する際に用いるこうした視点について認識力を欠いていました。周囲の人たちの言葉が彼女の金銭欲と物欲を呼び覚まし、夫は金持ちであるべきだという基準を徐々に持ち始めるとともに、そうした人を見つけることが唯一の賢いやり方だと感じるようになったのです。そうすれば必死に働く必要がないだけでなく、本当に快適な人生を送れるようになるはずです。また自分の虚栄心を満足させることができるし、周囲の人たちはみんな自分を尊敬するでしょう。祁正が自分のこうした願望を満足させられないせいで、彼女は自分が不当に扱われたかのように心を乱し、その結果、たびたび彼に腹を立てたりきつく当たったりしたのです。しかも心の中で揺れ動き、このまま交際を続けるべきかどうか確信できない有様でした。そうしたことをすべて考えたとき、喬茵は恐ろしさを感じました。サタン的な哲学に従うことで自分が苦しんだだけでなく、祁正をも傷つけていたのです。自分は愚かで薄っぺらだと感じましたが、その一方で神様の御前に出られたこと、そして神様の御言葉を読んで、サタンが人々を堕落させる手段や戦術を識別できるようになったことを喜びました。さもなければ試練と誘惑に耐えられず、結婚に関する悪しき風潮や間違った考えに従っていたでしょう。そして富や形ある物を追い求める渦に巻き込まれ、サタンによってますます堕落させられ、もてあそばれ、傷つけられていたに違いありません。

幸せはずっとそこにあった

 神様の御言葉を読むことで、喬茵は人類を堕落させるためにサタンが用いる戦術について識別力を得ました。そしてパートナー選びにおいては神様の御心を探し求めるべきで、サタンの悪しき考えや物の見方に従ってはならないと自分に言い聞かせました。彼女はいのちの入りに関する説教の中で次の一文を目にしました。「あなたの人生観と価値観が神様の御心と一致し、真理を基にしているなら、あなたがたどる道は真の人生の道であり、あなたの人生は幸せなものになります。あなたの選んだ伴侶がサタンに属し、サタンの道を歩いているなら、そのような結婚は成立しません。それは同床異夢の結婚であり、二人とも苦しむことになります。そうではありませんか。したがって、人がどのような人生観と価値観を持っているかはとても重要なのです」

彼女はその説教から、パートナー探しにおける第一の原則は同じ価値観を持ち同じ道を歩んでいる人を探すことだと理解しました。重要なのはそれだけで、聖書に「不信者と、つり合わないくびきを共にするな」(コリント人への第二の手紙6:14)と記されている通りです。その言葉は、信者と不信者は別の道を歩んでおり、不信者と一緒になればその人から影響を受けるのは避けられず、いのちの前進が妨げられることを彼女に示しました。パートナーを選ぶにあたっては、その人の人間性と品性、その人との交際が自分の信仰に有益かどうか、二人が同じ「言語」を話して同じ道を歩んでいるかどうかを考える必要があったのです。これらのすべてを考慮に入れず、相手の外見や家庭環境にしか目を向けないのであれば、結婚したところで共通点がないために苦しむことになるでしょう。神様はいかにして無数の人から祁正を選んで自分の人生に送り込まれたのかと、彼女は考えました。祁正は有力な家庭に生まれたわけではなく、自分に豪華な生活をもたらすこともできませんが、とても親切で、神様への信仰を支えてくれただけでなく、自分自身も喜んで信者になって神様に従おうとしてくれました。サタンによる人類の堕落を明らかにする神様の御言葉を読んだあと、祁正は否定的な物事に関する識別力をいくらか持ち始め、神様を畏れる心をわずかに得ました。クラスメイトとナイトクラブに行ったりせず、機会があれば彼女と一緒に時間を過ごしました。また二人は神様の御言葉を一緒に読みました。それが同じ価値観を持ち、同じ道を歩んでいるということではないでしょうか。そのことを考えると満足の笑みが喬茵の顔に広がり、神様が自分のために采配なさったことは本当に最善なのだとわかりました。こうした幸せはどんなにお金があっても買えるものではなく、絶対に大切にしなければならないと彼女にはわかっていました。喬茵は感動しました。創造主によって選ばれ救われ、サタンによる数多くの危害と操作を神様のお導きで逃れたのは、信じがたいほどの幸運だったのです。自分は祁正と手を携えて信仰の道を歩きたい、彼女はそれを知っていました。

 喬茵が四年生のとき、父親がとても真剣な口調でこう話しました。「おまえは本当に祁正と人生を送るつもりなのか。金がすべてじゃないが、金がなければ何もない。愛情のせいで目が見えなくなってはだめだ」

 喬茵は静かに反論しました。「パパ、わたしたちの社会がいまどのようなものかは、パパのほうがよく知ってるわ。お金持ちのボーイフレンドを見つけることが本当の幸せをもたらすと多くの人は考えているけれど、そうした関係は本当の愛がまったくない富という土台の上に築かれているだけよ。そんな愛情や結婚が人を幸せにできるかしら。離婚率はものすごい勢いで上昇しているし、交際する中でお互い誠実な人なんてもう誰もいない。みんな互いにだまし合って、多くの人が空虚でつらい人生を送っているわ。お金を持つことが幸せを意味するだなんて、パパは本気で考えていないわよね。パパは私にお金持ちと結婚してほしいの、それとも私のことを本当に想ってくれる人と結婚してほしいの」

 「わかった。おまえには自分の人生がある。わたしが何をしろとは言えない」自分にできることはないと知った父親は立ち上がってその場をあとにしました。その後、喬茵の父親は二度と彼女が祁正と一緒にいるのを止めようとしませんでした。二人の関係は最初のころと同じくらい素晴らしいものになり、彼女の顔にはいつも幸せそうな笑みが浮かんでいました。ある日、彼女は祁正と真剣に話し合いました。「以前、私は真理を理解していなくて、自分に植え付けられたサタンの考えを受け入れていたわ。背が高くてお金持ちでハンサムな人を見つけることが本当の幸せだと考えていたの。神様の御言葉はそれが馬鹿げていることを私に気づかせてくれて、本当の幸せは物とか富とかを土台にしているんじゃないとわかったわ。食べ物と着る物がある限り、私には十分なの。私たちが神様に清められるように真理と性質の変化を追い求めて、心と精神を一つにして信仰の道を歩いていれば、それだけが私の望む幸せなのよ」祁正はそれを聞いて大いに感動し、安堵の笑みを浮かべました。

 その後、二人はよく神様の御言葉を一緒に読み、自分の考えや抱えている困難について打ち明け合い、自分の奥深くにある考えを共にしました。二人は人もうらやむカップルとなり、喬茵の周囲の人たちは彼女によくこう尋ねました。「喬茵、あなたと祁正の関係がとてもうらやましいわ。いつでも彼の携帯電話を見られるし、チャットのパスワードまで教えてくれたんだから。お互いに秘密がないのね。どうしたらそこまで信じ合えるの」喬茵はそれを聞くたび、二人が神様の救いを受け入れられるようご自身の家へ連れて来てくださったことに対し、神様に感謝を捧げました。また二人が誠実に打ち明け合い、正直な人となるように導いてくださったことについても感謝しました。さらに、神様が時宜を得た導きと手助けをなさったおかげで、愛と結婚について正しい見方を得たことについても感謝しました。そして今、彼女は幸せな生活を送っています。

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