寓話-美しい誤解ー「家を出た」

    2019.05.04 +16

    長く主人に伴う小さい冷蔵庫は、具合が悪くなってきました。ドアが閉められなく、ノブが壊れ、また見た目も古くなりました。主人がハイテクノロジーの冷蔵庫のパンフレットを持っているのを見たとき、冷蔵庫は主人が自分を捨てると思いながら、がっかりしました。それで、主人が出かけた時、冷蔵庫は黙って家を出て、ゴミ回収のところに向かいました。この全てはみな冷蔵庫自分の想像で、主人がそれを見捨てなく、そして労苦を問わずにそれを探して持ち帰ったことは思いもしませんでした。

    卑下している冷蔵庫、欠けている冷蔵庫、想像が好きな冷蔵庫は実生活の中での私たちのようです。よく自分が多くの堕落した性質を持っているために、神様が私達のような人が好きじゃないと思い、さらに「私はこんなに悪く、神様はきっと嫌になるでしょう」と誤解します。しかし、これは本当のことでしょうか。神様は私たちに対してどうな態度でしょうか。御言葉はこう仰います。「神が人間を創造した。彼らが堕落していようと神に付き従っていようと、神は人間を自分の愛する者として、あるいは人間的な言い方をすれば『最愛の存在』として接し、オモチャのようには扱わなかった。神は自分が創造主であり、人間は神が創造したものだと言っている。ということは、そこには少しの格の違いがあるように思われるが、実際には神が人間に対し行ってきたことというのは、この関係の性質をはるかに越えるものである。神は人間を愛し、思い、そして配慮してくれる。そして常に絶えることなく人間に与え続けてくれる。神はそれを心の中で余計な仕事とも、多くの賛辞に値することとも感じていない。また神は人間を救い、彼らに与え、全てを与えることを人間への大きな貢献とも思っていない。神はただ静かに、神自身のやり方で、神自身の本質を通して、自身の持っているものとその存在そのものを与えてくれるのである。どれだけ人間に与えてくれていても、どれだけ助けても、神はそれを手柄と考えたり、それによって手柄をたてようと考えたりしない。これは神の本質によるものであり、そしてまさしく神の性質の真なる表現なのである。」

    いつでも、どこでも、創造主は人への愛は永遠に誠で、真実だと信じてください。

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