終着点のために、善行を十分積まなければならない

    2020年 01月 05日

    わたしはあなたがたの間で多くの仕事を成し遂げ、もちろん、何度も言葉を発して来た。しかし、わたしの言葉やわたしの働きは、終わりの日のわたしの働きの目的を完全に達成していないと感じる。終わりの日には、わたしの働きは特定の人や人々のためではなく、わたしの本来の性質を現わすためにある。しかし、無数の理由から―おそらく、時間が足りず、多忙を極めた仕事のスケジュールなどの理由で―わたしの性質により人がわたしのことを少しでも知るようにさせるには至らなかった。ゆえに、わたしの新しい計画、わたしの最後の働きへと前進してわたしの働きの新しいページを開き、その結果、わたしを見る者たちはみな、わたしの存在ゆえに胸をたたいて、とめどなく泣くだろう。それは、わたしはこの世に人類の最後をもたらし、その後、わたしの性質をすべて人類の前に公布するからだ。そうして、わたしを知っている人たちもわたしを知らない人たちもすべて「喜んで見つめる」。そして、確かに、わたしが人間の世界に現れ、全てのものが増える地上に来たことを知るのである。これはわたしの計画であり、わたしの人類の創造以来、たったひとつの「告白」である。あなたがたにわたしの一挙一動だけを見つめて欲しいと願う。わたしの杖はもう一度、人類に、わたしに敵対する者たちすべての近くに押しつけられているからだ。

    終着点のために、善行を十分積まなければならない

    天と共に、わたしは自分がしなければならない仕事を始める。そのため、わたしは人々の流れの中を曲がりくねって進み、天と地の間を動いて行く。だれもわたしの動きに注目する者はおらず、わたしの言葉に気づく者はいない。ゆえに、わたしの計画は依然として順調に進んでいる。あなたがたの感覚があまりにも麻痺してしまったため、わたしの仕事の段取りがあなたがたには少しも分からないだけである。しかし、いつの日か必ず、あなたがたはわたしの意図を理解するだろう。今日、わたしはあなたがたと共に生き、共に苦しんでいる。わたしは人間のわたしに対する態度を長い間理解して来た。これ以上明瞭にすることは望まず、ましてやあなたがたを辱しめるために、さらに事例を挙げてあえて痛みを感じるようなことはしたくない。わたしの唯一の願いは、あなたがたが行ったことすべてを心の内に留め、再会した日にはそのひとつひとつをわたしの前で数え上げることができるようにすることである。わたしはあなたがたの誰にも濡れ衣を着せたくない。わたしは常に正しく、公正に、また責められるところがなく行動して来たからである。勿論、わたしはあなたがたも心を開いた度量の大きい者であり、天と地、またあなたがたの良心に逆らうようなことを何一つしないようにと願っている。これが唯一、わたしがあなたがたに願うことである。多くの人たちは自分たちが犯した甚だしい過ち故に、心が落ち着くことはなく、穏やかでない。また多くの人たちはたった一つの良い行いすらしてこなかったことを恥じている。しかし、自分たちの罪を恥ずかしいとは全く思わず、ますます悪くなる者たちも多く、まだ完全に暴露されていない自分たちの醜い顔の覆いを完全に引き剥がし、わたしの性質を試そうとする。わたしは、誰かの行動を気にすることも注意深く見ることもない。むしろ、情報収集であれ、地上を歩き回ることであれ、興味のあることであれ、わたしはわたしがしなければならないことをする。大切な時には、一秒も遅れることも、早まることもなく、計画通りに人々の中でわたしの働きを進め、それは楽々とまた素早く行われる。しかし、わたしの働きの各段階で、捨て去られる人たちもいる。わたしは彼らが見かけばかりであることや、彼らの見せかけのへつらいを軽蔑するからである。わたしが忌み嫌う者たちは意図的であろうがなかろうが確実に捨てられる。つまり、わたしはわたしが軽蔑する全ての者が離れていくことを望んでいる。言うまでもなく、わたしの家に留まっている悪い者たちを見逃すことはしない。人を懲罰する日が近づいているため、あのような卑劣な魂を全て急いで投げ捨てようとは思わない。なぜなら、わたし自身の計画があるからだ。

    今こそ、わたしは一人一人のために終わりを決めるときであり、人に働きかける段階ではない。わたしの手帳にひとりひとりの言葉や行動、わたしに従った道、本来の属性や最後の行いなどを書き留める。こうすることで、どのような人であってもわたしの手から逃れることはなく、あらゆる人たちはわたしが定めるように同類の人たちと共にいることになるだろう。わたしは、一人一人の終着点を、年齢や年功序列、苦しみの量、とりわけ憐れみを誘う度合いではなく、彼らが真理を持っているかどうかに基づいて決める。これ以外の選択肢はない。神の心に従わない人たちはすべて懲罰されることをあなたがたは悟らなければならない。これは不変の事実である。よって、懲罰される者たちすべては神の義ゆえに懲罰されるのであって、彼らの数々の邪悪な行為への報いである。わたしは初めから、わたしの計画を全く変更していない。人間に関する限り、わたしが話す対象も、わたしが本当に認めている人たちも減ってきているように感じるだけである。しかし、わたしの計画が決して変わらないようにしている。むしろ、常に変わったり、弱くなったりするのは人の信仰と愛である。人はわたしにへつらうことから、わたしに対して冷たくなったり、あるいはわたしを捨てたりすることさえ可能になるほどである。あなたがたに対するわたしの態度は、初めは熱くも冷たくもなく、それからうんざりして嫌悪感を抱くようになり、最終的に懲罰を与える。しかし、懲罰の日、わたしは依然としてあなたがたを見るが、あなたがたはもはやわたしを見ることはできない。あなたがたの中での生活はわたしにとって退屈でつまらないものとなってしまっているため、言うまでもなく、違った生活の環境を選んだ。それはよりあなたがたの悪意に満ちた言葉による痛みを避け、あなたがたの耐え難く卑劣な行為を避け、あなたがたがわたしを騙したりいい加減に扱ったりすることがないようにするためだ。あなたがたから去る前に、わたしは真理に沿わないことをしないようにと依然として熱心に勧めなければならない。むしろ、あなたがたはすべての人が喜ぶようなこと、すべての人に益をもたらすこと、あなたがた自身の終着点に益をもたらすことをするべきである。さもなければ、災いの中で苦しむ者は、他ならぬあなたとなるだろう。

    わたしの憐れみは、わたしを愛し、自分たちを否定する者たちに現わされている。そして、悪い者たちにもたらされる懲罰はわたしの義なる性質の証明そのものであり、それ以上にわたしの怒りの証である。災いがやって来ると、わたしに反抗する者たちすべてに飢饉や疫病が降りかかり、彼らは涙を流す。あらゆる種類の悪事を犯してきたが、長年わたしに従って来た者たちは罪を免れることはできない。彼らも時代を超えて、ほとんど目にしたことのない災いのただ中で、絶えず恐怖と不安を抱き生きるだろう。そして、わたしだけに忠誠を示して従って来た人たちは喜び、わたしの力に拍手喝采する。彼らは言葉に表せないほどの満足感を体験し、わたしが人類にいまだかつて与えたことのない喜びの中で生活する。わたしは人の善行を宝とし、悪行を忌み嫌うからだ。わたしが初めて人類を導き始めたときから、わたしと同じ心を持った人たちの集まりを獲得することを熱望してきた。そして、わたしはわたしと同じ心を持っていない人たちを決して忘れることはなく、彼らに相応しい報いを与えて楽しむ機会を待ち望みながら、彼らを憎しみと共に心の中に持ち続けてきた。今日、遂にその日を迎え、もはや待つ必要はなくなった。

    わたしの最後の仕事は人を懲罰するためだけのものではなく、人の終着点を決めるためのものでもある。さらに、わたしが行ってきたすべてのことに対して、あらゆる人たちから承認を受けるためである。わたしはすべての人にわたしが行ってきたことは正しく、わたしの行ったことは全てわたしの性質の表現であることを知って欲しいと思っている。人類を生み出したのは人の行いではなく、とりわけ大自然の行いではない。それどころか、創造されたすべてのものの中で、あらゆる生けるものを育むのはわたしである。わたしの存在なしには、人類は滅びる他なく、酷い災難を経験するだけであろう。だれも麗しい太陽や月、緑にあふれる世界を再び見ることはできないだろう。人類は極寒の夜や、避けられない死の影の谷に遭遇するだけだろう。わたしは人類の唯一の救いである。わたしは人類の唯一の望みであり、さらに、わたしは全人類がその存在を託すその者である。わたしがいなくては、人類はすぐに停滞してしまう。わたしがいなくては、たとえだれもわたしに注意していなくても、人類は壊滅的被害を受け、あらゆる種類の霊に踏みつけられるだろう。わたしは、誰もできない働きをしてきた。わたしの唯一の望みは、人が何らかの善行によりわたしに報いることだ。わたしに報いることができる人は僅かだが、それでもわたしはこの世での旅を終え、わたしの働きを現わす次の段階を始める。なぜなら、わたしが長年人々の間で行き来してきたことは実を結び、わたしはそれを非常に喜ばしく思っているからだ。わたしが気にするのは人の数ではなく、むしろ彼らの善行である。いずれにしても、わたしはあなたがたが自分たちの終着点に備えて、十分な善行を積むよう望んでいる。そうすれば、わたしは満足する。さもなければ、あなたがたの誰も自分に降りかかる災いを免れないだろう。災いはわたしによりもたらされ、もちろんわたしが采配を振るものである。もしあなたがたがわたしの目に良いと映らなければ、災いの苦しみから免れることはないだろう。患難の中にあっては、あなたがたの行動と行いは全て適切とはされなかった。あなたがたの信仰と愛は、うわべだけのもので、あなたがたは自分たちの臆病さか屈強さしか示さなかったからだ。これに関しては、わたしは良いものと悪しきものとの評価のみをする。わたしの関心は引き続きあなたがたひとりひとりがどう行動しどう自分を表現するかであり、それに基づいてわたしはあなたがたの終着点を決定する。しかし、わたしは次のことを明白にしなければならない。患難の時に、わたしに全く忠誠を示さなかった者たちにはもはや憐れみは与えない。わたしの憐れみが与えられるのはここまでだからだ。さらに、わたしは、かつてわたしを裏切った者は誰も好まず、ましてや友の利害を裏切る者たちと係ることを望まない。その人が誰であっても、これがわたしの性質である。あなたがたに伝えなければならない。わたしを悲しませる者は誰であっても、再びわたしから慈悲を受けることはなく、これまでわたしに忠実であった者はとこしえにわたしの心に留まるだろうことを。

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