極めて深刻な問題──裏切り(2)

    2019年 11月 04日

    人間の本性はわたしの本質と全く異なる。その理由は、人間の腐敗した本性が全てサタンに由来するからであり、また人間の本性はサタンに取り憑かれて腐敗させられていることにある。つまり、人間はサタンの邪悪と醜悪さの影響下で生きながらえている。人間は真理の世界や聖なる環境で育つのではなく、光の中で生活してもいない。ゆえに、人間それぞれの本性に真理が生来備わっていることはあり得ず、それ以上に、神を畏れ、神に従う本質を持って生まれることもあり得ない。逆に、人間は神を拒み、神に反抗し、真理を愛すことのない本性を備えている。わたしが話したいのは、この裏切りの本性に関する問題である。裏切りは各人の神への反抗の根源である。これは人間だけにある問題であり、わたしには無い。「キリストも人間も、皆人間の世界で生活しているのであれば、あらゆる人間は神を裏切る本性を備えているが、キリストは備えていないのは何故だろうか」といった疑問を抱く者も居る。これは、あなたがたに明瞭に説明する必要のある疑問である。

    裏切り

    人間の存在は、霊が順番に肉体化することに基づいている。つまり、各人は、霊が肉体化した時に、肉にある人間の命を得る。人間の身体が生まれた後、その命は肉の限界、つまり霊が外殻から出る時まで続く。この過程が何度も繰り返され、それと共に人間の霊は往来を繰り返し、全人類の存在が維持されている。肉にある命は、人間の霊の命でもあり、人間の霊は人間の肉の存在を支援する。つまり、各人の命は、その者の霊に由来し、人間の肉に元来いのちがあるのではない。したがって、人間の本性は人間の肉ではなく霊に由来する。人間がサタンによる誘惑、サタンが与える苦悩や腐敗をどのように受けたかを知るのは、各人の霊のみである。人間の肉は、それを知る事が出来ない。よって、人間は無意識のうちに益々汚れ、邪悪で暗黒になってゆく一方、わたしと人間の間の距離も益々広がり、人間の日々も益々暗黒になる。人間の霊は、全てサタンに掌握されている。ゆえに、人間の肉もまたサタンに囚われているのは言うまでも無い。こうした肉と人間が、どうして神に反抗せず、生来神の味方であり得るだろうか。サタンがわたしにより空へと投げ出されたのは、サタンがわたしを裏切ったからであるが、それならば、どうして人間がその影響から解放され得るであろうか。これが、人間の本性が裏切りである理由である。あなたがたが、この理由を理解した後、キリストの本質も信じることを、わたしは確信している。神の霊が纏った肉は、神自身の肉である。神の霊は至高のものであり、神の霊は全能であり、聖であり、義である。それと同様に、神の肉も至高のものであり、全能であり、聖であり、義である。このような肉は、義であり人間に有益な物事、聖なるものであって栄光ある物事、力ある物事しか行うことが出来ず、真理や道義に反する物事を行うことが出来ず、ましてや神の霊を裏切る物事を行うことなど出来ない。神の霊は聖なるものであり、したがって神の肉は、サタンが腐敗させることの出来ないものであり、人間の肉の本質と異なる。なぜなら、サタンにより腐敗させられているのは、人間であって神では無いからである。サタンは神の肉を腐敗させることはできない。したがって、人間とキリストは同じ空間にあるにもかかわらず、サタンにより占有され、利用され、囚われているのは人間だけである。それに対し、キリストはサタンによる腐敗の影響を永久に受けない。なぜなら、サタンは最も高い場所まで昇り、神に近付くことが決して出来ないからである。今日、あなたがたは全員、サタンにより腐敗させられ、わたしを裏切っているのは人間のみであり、この問題はキリストと無関係であることを理解する必要がある。

    サタンにより腐敗させられた霊は、すべてサタンの支配する領域にある。ただし、キリストを信じる者は分離され、サタンの軍勢から救われ、今日の神の国へと導かれている。こうした人々は、もはやサタンの影響下では生活していない。それでもなお、人間の本性は依然として人間の肉に根ざしている。つまり、あなたがたの霊は救われているにもかかわらず、あなたがたの本性は依然として昔のままの姿であり、あなたがたがわたしを裏切る可能性は依然として100パーセントである。わたしの業が極めて長期に及ぶのはそのためである。なぜなら、あなたがたの本性は極めて揺るぎないからである。現在、あなたがたは皆、自分の本分を尽くす上で可能な限りの苦難を受けているが、否定出来ない事実として、あなたがた各人にわたしを裏切り、サタンの領域、サタンの陣営に戻り、従来の生活へと戻る可能性がある。この時、あなたがたが現在のように人間性や人間としての姿を僅かでも持つことは不可能であろう。深刻な場合、あなたがたは滅ぼされ、さらに永遠に罪に定められ、生まれ変わることは二度となく、厳罰に処されるであろう。これが、あなたがたを待ち受けている問題である。わたしがこのように警告しているのは、第一に、わたしの業が無駄にならないようにするためであり、第二に、あなたがた全員が光の日々のなかで生活できるようにするためである。事実、わたしの業が無駄であるかどうかは、重篤な問題では無い。重要なのは、あなたがたが幸せな生活と素晴らしい未来を得られることである。わたしの業は、人間の霊を救う業である。あなたの霊がサタンの掌中に陥ったならば、あなたの身体は平和な日々を送れないであろう。わたしがあなたの身体を護っているならば、あなたの霊は確実にわたしの庇護にあるであろう。わたしがあなたを本気で忌み嫌ったならば、あなたの身体と霊は、即座にサタンの掌中に陥るであろう。あなたは、そうなった場合の自分の状況を想像出来るだろうか。ある日わたしの言葉があなたがたに意味をなさなくなったならば、わたしはあなたがたを全てサタンに引き渡し、わたしの怒りが完全に無くなるまで2倍の苦悶を与えるか、あるいはわたし自らが、救いようのない人間であるあなたがたに懲罰を与える。なぜなら、あなたがたがわたしを裏切る心は変わらなかったからである。

    あなたがたは皆、自分自身のことを出来る限り迅速に検証し、自分の性格のうち、どの程度が依然としてわたしを裏切っているかを確認する必要がある。わたしは性急にあなたがたの答えを待っている。わたしを無視してはならない。わたしは決して人間に対していい加減な態度は取らない。わたしは言った事を必ず実行する。あなたがた全員が、わたしの言葉を真剣に捉え、それをSF小説のようなものであると考えない者となれることを願っている。わたしが望むのは、あなたがたの具体的な行為であり、想像ではない。次に、あなたがたは、わたしの次の質問に答える必要がある。1.あなたは、自分が真に効力者であるならば、おざなりな要素や否定的要素無しで、わたしに忠実に奉仕できるであろうか。2.あなたは、わたしがあなたに感謝した事が無いと知った場合、依然として生涯を通してわたしのところに留まり、奉仕することが出来るであろうか。3.あなたが大いに努力しているにもかかわらず、わたしがあなたに対して冷淡であったとしたら、曖昧さの中でわたしのために業を行い続けることが出来るであろうか。4.あなたは、何かをわたしのために費やした後に、わたしがあなたの些細な要求を満たさなかったとしたら、わたしに失望し、落胆したり、さらには激怒したり罵声を浴びせたりするであろうか。5.あなたは、自分がわたしに対して常に忠実であり、わたしを愛しているにもかかわらず、病の苦痛や生活上の貧窮、友人や親戚に見捨てられること等の人生における不幸を受けたとしたら、わたしに対するあなたの忠誠や愛は依然として継続するであろうか。6.あなたが心に描いている物事のひとつとしてわたしの業と一致しなかったならば、あなたはどのようにして自分の将来の道を歩むであろうか。7.あなたは、自分が望む物事を一切授からなかった場合、引き続きわたしに付き従う者であり続けられるだろうか。8.あなたは、わたしの業の目的や意味を全く理解できなかった場合、勝手に判断したり結論を出したりしない、従順な者となることが出来るであろうか。9.わたしが人間と共にある時に述べた言葉とわたしが行った業のすべてを大切にすることが出来るだろうか。10.あなたはわたしに忠実に付き従う者となり、たとえ何も授からないとしても、生涯を通してわたしのために苦難を受けることが出来るだろうか。11.わたしのために、自分が将来生きる道を検討したり、計画したり、用意せずに居ることが出来るだろうか。これらの質問は、あなたがたに対するわたしの最終的な要求であり、あなたがた全員がわたしに対して返答できることを期待している。これらの質問の中から1件ないし2件を満たすのみであれば、あなたは、引き続き熱心に努力する必要がある。これらの質問の中に実現できるものが1つも無いのであれば、あなたは間違い無く地獄へ落とされる者の部類に入る。わたしはそうした者に、これ以上何も言う必要が無い。なぜなら、そうした者はわたしの味方になれる者では無いことが確実だからである。いかなる状況であってもわたしを裏切る者を、どうしてわたしの家に留めておくことが出来ようか。殆どの場合にわたしを裏切ることが出来る者に関しては、わたしはその者の行動を観察し、その他の処分を行う。しかし、そうした者が状況を問わずにわたしを裏切ることが出来るものである限り、わたしはその者を決して忘れる事が無く、心の中で覚え、その者の邪悪な行いに報いる機会を待つ。わたしが挙げた要求は、すべてあなたがたが自分を検証するためのものである。あなたがた全員が、これらの問題を真剣に検討出来ること、そしてわたしをいい加減に取り扱わない事を期待している。わたしは近い将来、わたしの要求に対するあなたがたの回答を確認する。その時までは、あなたがたにそれ以上の物事を要求することは無く、またあなたがたに深刻な忠告をそれ以上述べることは無いであろう。そしてわたしは、自分の権威を行使する。残すべき者は残され、報いられるべき者は報いられ、サタンに引き渡されるべき者は、サタンに引き渡され、厳罰を受けるべき者は厳罰を受け、滅ぶべき者は滅ぼされるであろう。そのようにして、わたしの日にわたしを侵害する者は誰も居なくなるであろう。あなたは、わたしの言葉を信じるであろうか。あなたは、報いを信じるであろうか。あなたは、わたしを騙して裏切るような邪悪な者を、わたしがすべて罰すると信じているであろうか。あなたは、その日が早く来ることを望むであろうか、それとも遅く来ることを望むであろうか。あなたは、罰を強く恐れる者であろうか、あるいは罰を受けるべきであってもわたしを拒むような者であろうか。その日が来た時、あなたは自分が明るく笑って生活しているか、それとも泣きながら歯ぎしりしているかを想像できるだろうか。あなたは、どのような結末を得ることを望むだろうか。あなたは、自分がわたしを100パーセント信じるか、それともわたしを100パーセント疑うかを真剣に検討したことがあるだろうか。あなたは、自分の行動と態度により自分が受ける結末と最後がどのようなものとなるかを注意深く検討したことがあるだろうか。わたしの言葉がひとつずつ実行されることを本当に望むであろうか、あるいはそのことを強く恐れているであろうか。わたしが自らの言葉を実行するために間もなく去ることを、あなたが望むのであれば、あなたは自分の言葉と行動を、どのように扱うべきであろうか。わたしが去ることを望まず、わたしの言葉が全て直ちに実行されるのを望まないのであれば、あなたは一体なぜわたしを信じるのであろうか。あなたは、自分がなぜわたしに付き従っているかを本当に知っているだろうか。それが単に自分の視野を広げるためであったとしたら、あなたはそのような苦悩を受ける必要が無い。それが祝福を受けて今後の災禍を避けるためであるとすれば、あなたが自分の行動を懸念しないのは何故だろうか。あなたは何故、自分がわたしの要求を満たせるかどうかを自問しないのだろうか。あなたは何故、自分が今後わたしの祝福を受けるに相応しいかどうかを自問しないのだろうか。

    通読おすすめ:

    極めて深刻な問題──裏切り(1)

    コメントを残す

    なぜヨナは魚に呑み込まれたのか

    ある日、わたしは聖書に関するいろいろな絵を見る時、魚がヨナを呑み込んでいる絵に引きつけられました。そして、わたしは聖書を開いて、ヨナ書にこう書かれているのを見ました。「主の言葉がアミタイの子ヨナに臨んだ。『さあ、大いなる都ニネベに行ってこれに呼びかけよ。彼らの悪はわたしの前に届いている』。しかしヨナ…

    あなたは神を信じているので真理のために生きるべきである

    すべての人間に共通して存在する問題は、真理は分かっているが、実践に移せないことである。一つの要因は人が代価を払いたがらないことで、もう一つは人の洞察力があまりにも不十分であることである。人は実生活に存在する多くの困難の先を見ることができず、的確に実践する方法も知らない。人はあまりにも経験が少なく、才…

    ペテロはどのようにイエスを知るようになったか(オーディオブック)

    ペテロがイエスと共に過ごした期間、彼はイエスの中に多くの愛すべき性質、模倣する価値のある多くの局面、そして彼に与えてくれた多くのものを見た。ペテロは多くの方法でイエスの中に神の存在を見、多くの愛すべき品格を見たけれど、最初はイエスを知らなかった。ペテロは20歳でイエスについて行き、6年間従い続けた。…

    正常な霊的生活について

    信者は、正常な霊的生活を送らなければならない。これは神の言葉を体験し、現実に入るための基礎である。現在あなたがたが実践するあらゆる祈り、神への接近、歌、讃美、瞑想、神の言葉を理解しようとする努力は、正常な霊的生活の基準を満たしているであろうか。あなたがたのうち、これについて明確に理解している者はいな…

    極めて深刻な問題──裏切り(1)

    わたしの業は間もなく完成する。わたしたちが共に過ごした長い年月は、過去の耐えがたい記憶となった。わたしはわたしの言葉を繰り返し語り続け、わたしの新たな業を止めることなく進めた。無論、わたしの助言は、わたしが行う業それぞれに必要な構成要素である。わたしの忠告がなければ、あなたがたは皆道を逸れて、さらに…

    神を知らない者はすべて神に反対する人々である

    神の働きの目的と、人の中に達成されるべき成果、また、人に対する神の意志を把握すること。これこそが神に従う一人ひとりが達成しなければならないことである。今すべての人に欠けているのは、神の働きに関する認識である。人は、創世以来、神が人間において行う業、神のすべての働きおよび神の意志を正確には把握しておら…

    神を愛する者たちは永遠に神の光の中に生きる

    大抵の人の神への信仰の実質は、宗教的な信仰である。彼らは神を愛することができず、ロボットのように神に付き従うことしかできない。心から神を求め、慕い求めることができないのだ。黙って神に付き従っているに過ぎない。多くの人は神を信じているが、神を愛している者はほとんどいない。人々が神を「畏れる」のは、災難…

    あなたがたは自分の行いを考慮すべきである

    あなたがたの生活における行いから判断すると、あなたがたは皆、あなたがたに与え、あなたがたを満たしてくれる言葉の一章を毎日必要としている。というのは、あなたがには欠けているものが余りにも多く、あなたがたの認識と受け取る能力はあまりにも乏しいからである。あなたがたは日常生活の中で、真理も良い理性もない雰…

    聊天前请阅读并同意我们的隐私权政策。

    您已阅读并同意我们的隐私权政策吗?